翌朝、苫小牧を出て函館へ向かい、また青函連絡船に乗って、東京をへて、大阪の家まで帰った。札幌で開会式を見た東京オリンピックはほとんど終わりで、大阪の家で、エチオピアの英雄マラソンランナー、アベベがマラソンでオリンピック2連覇をするのを見た。 東京オリンピックを見たのは札幌駅で開会式の様子をチラリと見たのと、マラソンだけである。 日本人選手、故円谷選手が、二位で国立競技場に帰ってきてトラックで、激しいデットヒートのすえ、力尽きて英国の選手に追い越され三位になったが国立競技場のメインポールに日の丸が揚がったのは忘れられない。しかし円谷選手はその後、怪我で走れなくなったことを苦にして、若くして自殺してしまったことは、誠に痛ましい。 彼が切々と述べた、素朴な遺書は、どんな名文より心を打つと有名な作家が賞賛していた。